はじまりのうたと99.99(フォーナイン)

映画をBGMにお酒を飲んでる。


おしゃれでしょ?私もそう思う。

でも全然、おしゃれじゃない。


映画はとってもおしゃれで、「はじまりのうた」っていうやつ。原題は「begin again」、もう一度始めよう、うん。この映画は本当に、本当に好きで、これがビデオだったらもうテープが擦り切れるくらい見てる。2019年で良かった。Amazonプライム・ビデオにも入ってるくらいだから。

とにかくこの映画が好きで、どれくらい好きかというと、好きな人(当時は自分が好きなことすら気づいていなかった)にDVDをプレゼントしたくらい。それくらい好きな映画です。

この映画がどんなに素晴らしいかという話はまた今度にして、私は今「はじまりのうた」をBGMにしてお酒を飲んでいます。おしゃれだと思うでしょ?

でもね、飲んでるお酒は99.99っていう、ロング缶が200円もしないやつで(とはいえこのお酒も私は大好きなんだけど)、私はいまおばあちゃんが作ってくれた赤い斑点を着て、すっぴんで、華金なのに1人でイライラしたりメソメソしたりしてるわけ。嘘でしょ?ってくらいダサい。

とにかくダサいのがイライラしたりメソメソしてるところで、あ、いまサイテーなシーンに入りました。むっかつく。


とにかくダサいのがイライラしたりメソメソしてるところで、私はなんかこうハッピーで傲慢な感じが似合う女の子だと思うんですけど、今うんざりするほど情けなくて、それもだんだんイライラしてくるんですよね。


なんでイライラしてるかというと、この世に彷徨うたくさんの子羊のせいです。

なんかさ、子羊っていうと聞こえがいいけどあの人たちってしぶと過ぎない?母親になる人間を恐るべし嗅覚で探し当てるでしょ。全然か弱くないよ、むしろ生きるパワーに溢れてる。私って可哀想って思った次の瞬間に頼れる人を探してる、そういう人のお母さんになるのが私です。

めっちゃ腹立つ。たまにはこっちにも子羊役回せっつーの。一番腹立つのが自分じゃなんにも決められないみたいな顔してる同い年の女の子で、あの人たちには決められることが二つあんの。母親役と、今夜のちんぽ。今夜のちんぽでまた病んでお母さんの元に戻ってくるのね。なんて素敵な循環。


みたいな毒を吐くと神父様みたいな顔した人が言うのね、隣人には優しく、愛を持って接しましょう。

じゃあお前がやれや。こっちは毎日仕事して家事してんだぞ。

一生五連勤だぞ、なめんじゃねーよ、くそ。


ダッサ。

とりあえずもう一杯飲みます。

世間の人

信じられないことがあります。

世間のひとびとの、生活についてです。世間の人々は本当に、毎度毎度銀行やら郵便局やらに自ら足を運んでいるのですか。窓口で手続きをしているのですか。市役所とか、病院に都合をつけて出向き、紙の束を受け取って読み解き、生きているのですか。本当ですか。

道行くひとたちは、みんな電話に出れているのですか。なんとなく出たくないと思って出なかったり、逆にかけたくないと思って必要な用事(再配達とか)を先延ばしにし続けたり、しないんですか。郵便物をすぐに確認しているんですか。本当ですか。

みなさん、掃除とか食事とか、細々した作業を溜めずに過ごしているんですか。そして、休日はタオルの買い替えとか、クリーニングの受け取りとか、友達との食事とか、なんか聞いてると耳障りの良い用事をこなして、それを心地いいと感じているんですか。本当ですか。


私は窓口での手続きが苦手で、病院は嫌いだし、電話は取るのもかけるのもしんどい、郵便物はしばらく封を切れないし掃除もまとめて、食事もわりと適当、休日はとにかく運動エネルギーを使わず、それでも表面を取り繕って素知らぬ顔で世間に紛れ込んでいます。

だからいつまでも信じられないのです。

「きちんとした人々」は本当に「きちんと」しているのですか。


1年間何してたの?

1年間何してたの?


と、問われました。


私、ぽかん。1年間、何をしていたか。

生きていました。毎日、生きて、朝起きて、歩いて、電車に乗って、また歩いて、仕事をして、お昼を食べて、また仕事をして、家に帰って、ご飯を作って、お風呂に入って、長い髪を乾かして、少しお酒を飲んで、寝ていました。それの繰り返しです。

仕事が忙しい時もあれば、そうでもない時もあったけど、確かに何十時間も残業はしなかったけど(会社の方針)、私なりに、ひとつひとつを取りこぼさないように、毎日、やってきました。毎日、毎週、毎月、毎期、一年、やってきました。生きてました。働いてました。

1年間、なにしてたんでしょう。




手を抜いているように見えるけど。


と、言われました。


また、私、ぽかん。手、抜いたっけ。いつ、抜いたっけ。

書類作るの早いよね。はい。周りの方々に比べたら。急いで作ってます。ショートカットキーたくさん覚えたし、必要な計算式はネットで調べたし、慣れれば手順も覚えてるから早くなるし。明日必要になったからデータ出して、と一度ものすごく急に言われたからその次からは前もって作るようにしてました。言われたらすぐ出せるように。他の仕事と調整して、早回しして、先回りして、こなしていました。ひとつひとつ、取りこぼさないように、計画して、やってみて、チェックして、より良い方法を探していました。


もっとはやくできるように見えるんだよね。周りにペースを合わせてるでしょ。手、抜いてるんじゃない?もっとさ、もっと、もっと。

もっと!



賢い大学出てるんだからさ、簡単でしょ?すぐわかるでしょ?できるでしょ?


今時の若い子ってどうしても楽な方に行くよね、比べるわけじゃないけど、昔はさ


1年間、なにしてたの?




私、ぽかん。

色々してたよ、バカ。


新年よりも地続きの日常

2019年になりました。

特に何も変わっていません。

おせち、食べた。お餅、食べた。初詣、した。

でも別に、何も変わってません。


今とても辛い気持ちになっています。

深夜2時なことと、おんなはホルモンバランスが精神をめちゃくちゃにしにくるという2つの原因により、新年ですが、辛い気持ちです。

当然です。新年あけましておめでとうございます今年もよろしくお願いします、は魔法の言葉ではないのです。

去年も今年も来年も地続きで毎日陽は昇るのです。


だからこうしていま体を大の字にしてわがままに辛がっています。

辛い理由は人に話せるような話題ではないし、そもそも私は個人的に誰かに話を聞いてもらおうとするのが苦手です。

よってこのしんどさはどこにも出口を見つけられず、わたしの内臓のあたりでくすぶっています。

こういうとき、みなさん覚えておいででしょうか、クラムボンを思い出します。


今いる部屋に水が溢れて、私は床、すなわち水の底にいます。

わたしはぼうっと、水面で陽の光がゆらゆら揺れるのをゆっくりまばたきしながら見つめます。

世界はうっすら水色で、水色が好きなわたしはそれだけで少し機嫌が良くなります。

そしてクラムボンみたいにポコンポコンとイヤーな気持ちとか、しんどいなーって思いをひとつひとつ吐き出していきます。

でっかいやつをボコっと出して、そのあとちいさいやつをポコポコポコっとシャボン玉みたいにして。

それを見て、カニの親子が「笑ってる」と表現してくれたらきっとわたしはとても嬉しい。

そういうことを考えます。


実際のところ水の中ではわたしは溺れてしまうし、カニはいないし、クラムボンではないので、まだ体内でいろんなことがくすぶっています。

体の中の炭をうっかり燃やしてそのまま火の子どもを産んでしまわぬよう、気をつけなければなりません。


早くこの波が収まるといいな。

おやすみなさい。

「俺、30までには子ども一人欲しいんだよね」


うわーマジかよ、と私は思う。


確かに最近、裕樹の周りの男たちは結婚と出産のラッシュだった。なんとなく裕樹の口から結婚という単語が出る回数は増えていたし、薄々感じるところはあった。でもいきなり、二人で楽しく焼肉してる時に、不意打ちで、それは、ないんじゃない?

とにかく、沈黙を打破しなければならない。何か言わないと。黙っている時間が長ければ長いほど、裕樹はどんどん機嫌を悪くするだろう。


「へぇ、そうなの。」

まだ生焼けの肉を七輪の上から拾いつつ、平静を装って相槌を打つ。裕樹の顔は直視できない。私の思っていることがバレてしまいそうだから。

「うん。」

明らかに裕樹は、私の様子を伺っている。できることならこのまま会話を終わりにしたい。うん。で終わった会話はそのままフェードアウトしていい、みたいな決まりがあればいいのに。そんなことを考えている間も、裕樹からは無言の不信感が伝わってくる。まだ私は試されている。

「確かにそれくらいの年齢でちょうどいいかもね。」

自分の意思ではなく一般論として、というフレーズを抜きにすると、裕樹の顔はパッと明るくなった。どうやら、今日は私がどのくらい将来を見据えてるか窺い知れれば良かったらしい。

「ねぇ、そうだよね。」

と、満面の笑みで応える裕樹は、それ以上なにも追求してはこなかった。


「昨日彼氏に子供の話し振られてさ…。」

お昼休みに優子に洩らす。あの後裕樹は明らかに機嫌が良くなり、今日の朝も機嫌よく出社して行った。そんな裕樹の様子を見ていると、悪いことはしていないのに罪悪感が募って、一人で悶々と考えるのがたまらなく辛くなったのだ。

ゲッ、というような顔をしてから優子が口を開く。

「彼氏と同棲してからどれくらいだっけ?」

「同棲じゃない、半同棲。」

「そうだけどさ」

あんたたち同棲してるようなもんじゃないの、と優子が笑いながら言う。

そうなのだ。それがより悪い。

「確かにアイツは週の半分以上うちにいるけど、それだってアイツが勝手に押しかけてきてるようなもんだよ…。」

「そうは言っても、美月だってその恩恵受けてるんじゃないの?」

「まぁねぇ。」

確かに、帰った時に家に人がいるというのはいい。寂しくないし、たまには家事もやってくれる。虫が出た時とか、硬いフタが開かない時とか、電球が切れた時とか、居てくれるとかなり便利だ。

「でもさぁ、子どもはまだ早くない?」

優子だってそう思うでしょ?と言わんばかりの勢いで同意を求めてしまう。誰かに共感されないと何かに対して申し訳ないのだ。

「私たち女にとってはね。そりゃ早いわよ。」

ほうら、裕樹、まだ早いのよ。心の中で思う。少し、勝ち誇ったような気持ちになる。つまり嫌な気持ちってことだ。

しばしの間が開いて、続けて優子は呟く。

「女にとっては、ね。」

そう。それが問題なのだ。

私と優子と祐樹はみんな同い年の27歳。そのはずなのに、27という数字は男女によって驚くほど意味を変える。そしてこれは誰にも、どうしようもないことだ。多分、人間が生まれた時から、ずっと変わってない。アダムとイブの時代から女はいつまでも子供を望めるけど、男は歳をとると段々精子が薄くなって、子供ができにくくなる。こればっかりは、どんな愛の力をもってしても変わらない一つの真実だ。

「真剣に考えてあげるべきなのかな。」

優子の神妙な面持ちを見て、私もポツリと呟く。うーん、と優子が俯いていた顔を上げる。

「男の人にとっては、"そろそろ"だからね。祐樹くんのことが本当に好きなら、美月も覚悟を、決めるべきなのかもしれない。」

「本当に好きなら?」

「本当に好きなら、ね。祐樹くんを離したくないなら。」

私がなるほどね、と全く意味のない同意をすると、優子はまた少し目を伏せる。お昼休みがなんだかしょんぼりしたものになってしまった。

「てかこの前の金曜日にコリドー街行ったんだけどさぁ、」

先週のちょっとした火遊びの話を振ると、優子はすぐに笑ってこっちを向いた。

「アンタって最低!」

私たちの昼休みが戻ってきた。最低と言われてどこかホッとした私は、祐樹にバレたらちょっと怒られそうな話で優子を笑わせることに徹した。


『今日も家泊まっていい?』

昼休み終了2分前に祐樹からメッセージが来る。昨日の今日か、と少し戸惑うけれどほとんど反射で『いいよ』と返す。会いたいと思ってくれるのは素直に嬉しい。可愛いなぁ、とも思う。世の男の子たちはみんな可愛い。好きと言ってくれて、会いたいと望んでくれる。それって幸せだ、と思う。

いつもより少し早く仕事を切り上げて家に帰ると、祐樹はまだ居なかった。拍子抜けだ。昨日あんな話をしたもんだから、今日はウキウキしながらご飯を作って待っているもんだと思っていた。暗い部屋の電気をつけて、ソファに座って姿勢を崩す。自然と優子の言葉を思い出した。"本当に好きなら。"


ものの20分ほどで祐樹は帰ってきた。

「やーごめん!仕事が割と立て込んじゃってさ!」

ガサガサと音を立てながら、祐樹はコンビニ弁当を広げる。

「ごめん、飯食っていい?はらへったぁ。」

私の許可を取る前に引き出しを開けて、もう箸を取りだしている。祐樹はコンビニで箸をもらわない。エコ、らしい。私は貰うほうが楽だと常々思っている。

「いいけど、私もご飯食べてないんだ。」

「えっ?食べてないの?連絡ないから食べたんだと思ってた。」

「食べてないよ!もぉー、ちょっとは気を利かせてくれたっていいのに。」

「知らないよ、自分の飯だろ。自分で用意しろ。」

「なにそれ生意気ぃー。」

生意気ってなんだよ、と言いながら祐樹はもぐもぐご飯を食べている。どうやら本当に私の夕飯はないらしい。

「しょうがないから今からコンビニ行ってくるね。」

「おう、すまん。行ってらっしゃい。」


コンビニに行くと、雑貨用品売り場にあるコンドームに目が止まる。付き合って2年ほど経つ今は、ほとんど使うことがなくなった。膣にゴムをつけるのはなんだか窮屈だし、生の方が具合がいい。それに毎度買おうとするには、なかなか高い。祐樹も最初はつけるよう言ってきたが、最近はもう何も言わない。

けれど今日は、なんだか買っておいた方がいいような気がして、コンドームを手に取った。きっと昨日の会話のせいだろう。妊娠というものが現実として襲ってきたようなあの感覚から私を守ってくれるのは、頼りないこの薄いゴム製品だけだった。


「おかえり。何買ってきたの?」

夕飯を食べ終えた祐樹がキラキラした目で問いかけてきた。

「フツーに、サンドイッチ。」

「軽すぎるよ。もっと食え、全く。」

「いいの、ダイエットしたいの。あ、でも2人で食べようと思ってアイスも買ってきた。」

「マジ?ありがとう!見ていい?」

いいよー、と袋を渡す。あざーす、と祐樹が袋を受け取る。祐樹の好きなアイスを買ってきたからきっと喜ぶだろうと反応を待つ。が、喜びの声はいつまでも聞こえてこない。しばしの沈黙。これはまずい。

「ゴム買ったの?」

唐突に祐樹が口を開く。あ、うん。と私は答える。

「なんで?」

「いや別に、最近つけてなかったけど、そういうの、良くないなぁと思ったから。」

下手な嘘だ。分かってる。ごめん祐樹。多分祐樹は私のズルさを一瞬で見抜いたんだ。大きな背中が強張っている。ごめん。心の中で謝りながら、私は祐樹の口から出てくる次の言葉に怯える。

「昨日、あんな話したから?」

祐樹は追及をやめない。やめようよ、謝るから。言いたいけどこれを言ったら何かが終わることを私は知っている。いつから知っているんだろう。多分、アダムとイブの時代からだ。

「話?昨日の話ってなんのこと?」

迷った末に私は、とにかく逃げられる方向を探すことにした。終わらせたくない、その一心で。終わるのが何かはわからないまま、とにかく蜘蛛の糸を手繰り寄せようとしている。

祐樹がこちらを振り向く。分かりやすく怒っていたらまだよかった。困ったような、笑っているような、堪えるような表情をして、口を開く。

「そっか。わかった。」

ごめん。私は絞り出すように呟く。祐樹にはこの声が届いただろうか。

その夜、私たちはお互いに触れることなく眠りについた。完全に眠りに落ちる直前に祐樹は「俺のこと、本当に好き?」と言った。私は直ぐに「好きだよ」と返して、意識を手放した。


翌朝、祐樹はいつも通りだった。今日は会議もないしのんびり会社行こうかな、という祐樹を置いて私は家を出る。会社に着くと、優子が私の方に寄ってきた。

「今日お昼時間ある?」

珍しく神妙な面持ちで優子がこちらを見る。

「あるよ。なに?」

「たまには外にランチに行きたいなと思って。美月に話したいこともあるし。」

「いいよ、じゃあお昼に。」

うん、と頷いて優子は席に戻った。その時にまた祐樹のことも相談させてもらおう、と勝手に考える。


お昼は近くのイタリアンにした。パスタが食べたいと私が言ったのだ。優子はなんでもいい、と言った。

「で、なに。」

パスタが3分の1くらいなくなったところで私は問いかける。優子はずっと暗い顔だ。

「あかちゃんできてた。」

そんなことだろうと思ってた。27歳の女が深刻になる出来事、1位、子供。2位、不倫。3位、彼氏の浮気。

「で、どうすんの?結婚すんの?」

私たち女にとって子どもを産むことは大した問題じゃない。そんなのは頑張れば60歳のおばあちゃんでもできることだ。問題なのは、子どもによって一生が決まってしまうこと。1人の子供を育てるために、たくさんの恋愛を断ち切って、1人の男と生きていかなきゃいけない。もう自由な1人の女ではいられなくなる。

「ううん、堕ろす。」

えっ、と思わず声を漏らす。堕ろすの?堕ろす。聞き返しても同じ答えが返ってきた。なんとなく、優子は産むだろうと思っていた。私たちも"そろそろ"に片足を突っ込んでいるからだ。ちょっと早いけど、早すぎる歳ではないし、何より優子は相手の男のことを分かってあげるタイプの人間だと思っていた。

「なんで堕ろすって決めたの?」

あのね、と優子は言う。意外な答えだった。

「本当に好きなわけじゃないって気づいたから。」

ロマンスの神様、"本当に好き"って、なに?

祐樹のことは相談できないまま、パスタを食べる作業に戻った。


その日、祐樹から連絡はなかった。家に帰っても祐樹はいなかった。気まずくて、今日は来れないんだろう。祐樹への申し訳なさは晴れない。ソファで姿勢を崩しながら祐樹のことを考える。仕事中もどうしたらいいのか考えてしまっていた。コンドームを捨ててこの霧を晴らせるなら、捨ててしまってもいいとすら思う。もし急にこれを捨てたら祐樹はなんていうだろう。こんな小さな箱があの大きな背中を強張らせたのか。手にとって、箱を開ける。久しぶりに見たなぁ。最近つけてなかったからなぁ。個包装のそれをひとつ取ると、何か違和感を感じた。

袋をそっとなぞる。違和感の正体を突き止めたくてマジマジとそれを見ると、小さな穴が空いていた。驚いて12個全て取り出してみる。心臓が強く鳴る。まさか。嘘でしょ。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ…。数えてみると全部だった。全部に小さな小さな穴が空いていた。注意深く観察しないと気づかないくらい小さな穴だ。暗いところだったら絶対に気づけない。限りなく小さくて、私にとってはなによりも大きい穴だった。私はそれをひとつひとつ手に取った。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ。すると自然に、涙が溢れてきた。ごめん祐樹、ごめん。こんなことさせてごめん。怒っていいはずなのに、私はちっとも怒れなかった。ただ自分の家で1人苦しんでいるであろう祐樹に、ここにいない祐樹にひたすら謝っていた。ごめん祐樹。ごめん。ごめんね。



6ヶ月後、私は妊婦さんになっていた。周りの人はとても驚いていた。まだ早いんじゃない?と言う人もいた。私は遅いくらいですよ、と答える。

結局私はあの日久しぶりに自分から祐樹のもとに出向いて、例の穴あきコンドームを使った。なにも気づかないふりをして、祐樹にはなんか破れてたみたい、と言った。祐樹のことが本当に好きだったからそうした。暗がりで祐樹の表情は見えなかったけれど、彼は私に万が一があれば責任はとる、と言った。私はありがとう、よろしく、と答えた。一生が決まっても別にいいやと、その時心の底から思えた。

祐樹は、私たちの結婚と私の妊娠をいろんな人に報告している。そういう時彼はいつも、少しだけ、勝ち誇ったような顔をしている。つまり、びっくりするくらいいい顔ってことだ。





クリスマスが好き


わたしはクリスマスが好きです。


誕生日より好きです。


わたしの誕生日はわたしだけのものだけど、クリスマスは世界中の人(一部除く)のものなので、好きです。

世界中の人(一部除く)がクリスマスを幸せな日にしようとはたらいているのが、好きです。


小さい頃は母が毎晩絵本の読み聞かせをしてくれていました。クリスマスを題材にしたものがたくさんあって、12月に入る頃はそういったものばかり読んでもらいました。何冊もあったので、ローテーションを組めば絵本に飽きることはありませんでした。


小学校にあがると、今度はわたしがクリスマスの絵本を読んであげる立場になりました。ただ、読んで楽しませてあげたいというよりも、自分がクリスマスを楽しみに過ごしたくて、読んでいました。


また、その頃からクリスマスが近づくと、おもちゃ屋さんなどのチラシを切り抜いてクリスマスカードを作っていました。贈る相手はいませんでしたが、作ることがとても重要なことでした。


我が家には、大きなクリスマスツリーがありました。飾りつけはこどもたちの仕事でした。毎年いろんな人からオーナメントをプレゼントされたり、家族でも買い足してしまうので、統一感はありませんでした。しかし、わたしは毎年ツリーの飾りつけに大変満足していました。どんなにごちゃごちゃでも、これ以上ないくらい素晴らしいツリーだと思っていました。


贈り物は大抵、父と母から一つ、叔父たちから二つ、合わせて三つでした。わたしはクリスマスの柄がついた包装紙すら素敵なものに思えて、毎年綺麗に剥がして折りたたんでいました。父と母は嬉しそうに「綺麗に剥がすね」と笑っていました。


そして、最後に一番の楽しみであるプレゼントがあります。サンタクロースからのものです。文字通りこれはご馳走だ、と胸を張って言えるようなご馳走を食べて、ケーキを食べて、母にクリスマスソングのCDをセットしてもらいます。

早く寝なきゃ、と思うのにワクワクして眠れません。小さく物音がすると、「サンタさんの鈴の音が聞こえた!」といって起きてしまいます。いつまでも眠れなくて、リビングに行くと母が特別に甘いホットミルクを作ってくれます。そして、それを飲むと途端に眠くなり、寝てしまいます。


そして目を覚ますと、会ったことも見たこともない赤い服を着たデブでヒゲのおじいさんからの、プレゼントが置いてあります。そのプレゼントの包装紙は、特に気をつけて綺麗に剥がして折りたたみます。


これがわたしのクリスマスでした。

本当に父と母に天晴れ!と言いたくなるような、しあわせなクリスマスでした。

きっと父と母がかなりの努力をして作ってくれた夢の日だったと思います。見事、わたしはクリスマスが大好きな24歳の女になりました。


もう、24歳なので、サンタクロースが両親だったことは理解しています。

でも、わたしはずっとサンタさんはどこかにいると思っています。

あの時聞いた鈴の音がもしかしたら本物だったのかも、という思いを捨てきれません。

大きく感じたクリスマスツリーが自分より小さい高さになってしまった今でも、我が家のツリーは世界一素晴らしいと感じます。

大人になったので、自分でお金を出して気に入ったクリスマスカードを贈ります。

きっと今年も、丁寧に包装紙を折りたたむでしょう。

そしてこれらのことは全部、こども時代の幸せな思い出から繋がっていて、いつか誰かに幸せなクリスマスを、と願う原動力になるのだと思います。


クリスマスには、こうした脈々と受け継がれる「誰かを幸せにしたい」という想いが、あるような気がします。


そしてそれはきっとサンタクロースという名前を借りた想いなのです。


みんなそれぞれが、いつもより少しいい日を過ごせればいいなと思います。


少し早いですが、メリークリスマス




換気扇


「あの人、まだ一回しか結婚してないんだって」

「一人の人とずっと結婚してるらしいよ」


オフィスのカフェスペースで今朝適当におかずを詰めた弁当を食べていたら、絶妙な音量で聞こえてきた。

私のことだ、すぐに分かる。

へぇ、と少し意味深な相槌が打たれた後に私は続く言葉を予想する。

マシなパターンなら「そういう人もいるんだね」と続き、それ以外なら大体は「変なの」と言い放たれる。


「私はそうはなりたくないな」


今日は最悪なパターンだ。

なんでそんなことで、お昼ご飯の時も惨めな気持ちにならなきゃいけないのか、と考える。人生35年で何度も何度も言われてきたことだから慣れてはいるけれど、別に落ち込まなくなるわけじゃない。落ち込むことに慣れるだけだ。今日はここから少し仕事のパフォーマンスが落ちて、それでもつつがなく、何食わぬ顔顔で定時に退社して、コンビニでビールを買うのだろう。いや、太るからハイボールかな。


一人で考え事をしていると、食事のスピードはどんどん早くなる。いつの間にか弁当箱が空になってしまった。

「やっぱ私、30までに2回は結婚したいな。」

「私は最低でも男相手と女相手で一回ずつ結婚するって決めてるの。」

彼女たちはまだ食べているらしい。

顔を合わせたくないからもぞもぞと弁当箱にへばりついた米を食べていたけど、もうそれらも綺麗さっぱり無くなってしまった。彼女たちの食事が終わるまで待つなんてバカバカしいし、と考え直してサッサと弁当箱を片付ける。意を決して席を立つと、3人組の若い女の子たちがチラッとこちらの様子を伺ってきた。

ああ、そうだよね、と思う。薄いピンクのカーディガンを着て、茶色い前髪をくるっと巻いて、肌なんかまだまだプリプリだもんね。そりゃ、35歳で結婚一回のおばさん見たら、自分もああなったらどうしようとか考えちゃうよね。怖いよね。そして、こわいからこそどうにかバカにして、その怖さをコントロールしたくなるよね。私が最後に髪を染めたのはもう5年くらい前だし、今日着てるのはGUで1500円のニットだもん。

わかっちゃいる。別に怒りもしない。でもさぁ。すっかりネガティブになった頭で考える。でもさ、3対1よ。それってどうなのよ。別に決闘するわけじゃないけど、3対1よ。卑怯じゃないのよ。あと、お昼がサラダってどうなってんのよ。ちゃんと炭水化物食べなさいよ。それで、食べて、働きなさいよ。

彼女たちへの気遣いは一切なく、自分のプライドのためだけに、私は「何も聞こえませんでしたよ」という顔をして、カフェスペースを出る。


電子音が奏でるメロディと共にコンビニを出る。やっぱり今日はハイボールにした。さっき拓也から「ご飯できてるよ〜」とラインが来ていたので、おつまみは買わなかった。コンビニを出て少しすると、服の隙間からひんやりした風が入ってくる。もう10月だ。

拓也と結婚してから12年目の10月。最初はこんなに長く一緒にいるつもりじゃなかった。ただでさえ最初の結婚が23で、周りより少し出遅れていたから、かなり焦って結婚まで持ち込んだ相手だった。

結婚式が終わった時には、なんとも言えない満足感があった。ああこれでやっと、0だったものが1になった。すごい人たちがよく言ってる。1を100にするのと0を1にするのは同じくらい大変だ、って。きっと最初のハードルを乗り越えた私はこれから何回も結婚して、もしかしたら20回くらい結婚式をしたりして、素敵な人生を送るんだ。本当に、そう思っていた。自分の将来を疑いもしなかった。

でももう12年経った。経ってしまったのだ。周りはどんどん2回、3回目の結婚をしているのに私たちはまだ、離婚すらできていない。2回目のスタートラインにすら立っていない。


コンビニから自宅までの徒歩5分。ちょうど半分くらい来たところに1組のカップルがいた。女同士だったから一瞬友達にも見えたけれど、違う。手を繋いで、優しく見つめあっている。指輪はしていない。結婚はこれからなのだろうか。薄暗いので歳はわからないけれど、多分二人とも初めての相手ではないだろう。お互い進むべきルートを知っているような雰囲気だ。

私もああなれたら、という思いが胸をよぎる。そうしたら、最初の結婚のように少し出遅れてはいるけれど周りと肩を並べることができる。同級生と同じ土俵で話ができるし、カフェスペースで惨めな思いをしなくてもよくなる。きっと結婚式ももう一度できて、あの夢を見ているときのような感覚をまた得られる。それって多分、私を大きく変える出来事なのだと思う。


リビングのドアを開けると、熱気が顔一面を覆った。拓也は換気扇を回さないから、彼が料理をするとその熱気が部屋に溜まる。ついでに臭いとか、煙とかも。

「おかえりぃ〜」

気の抜けた声が響く。

「ただいまぁ〜」

だから私も、つい力が抜ける。

「今日は鍋だよ。鍋パーティー。」

「鍋って、別にパーティーじゃないでしょ。大学生じゃあるまいし。」

「でもさ、今年初めての鍋だよ。鍋解禁!これって、パーティーになりませんか?」

トリビアになりませんか?のノリで聞かれた。乗るのも面倒だけど、パーティーだと思うとなんだか嬉しくなる。パーティーマジックだ。私はどうやらパーティーマジックを求めていたらしい。

「まぁ、じゃあ、パーティーってことにしますか。」

言いながらコンビニで買ったハイボールを掲げる。そんな私を見て拓也はニッと笑う。

「えーっ」

「えーってなによ、そんなニヤニヤしといて。」

「えー、だよ。だってほら。」

そう言いながら拓也も私と同じポーズをとる。手にはアルコール度数強めのチューハイが二缶。

自然と自分が笑顔になるのがわかる。拓也はたまにこういう、魔法みたいなことをする。マジックだ。パーティーマジックに、チューハイマジック。


今日はどうやら豆乳鍋らしい。帰宅時間を連絡していたから、ちょうどその頃鍋が出来上がるようになっていた。出来た夫だ、と鍋をよそう拓也の横顔を見ながら思う。

「なに?人の顔まじまじと見て。」

「いや、」

聞いてみようか、拓也の気持ちを。ふとそんな考えが頭をよぎった。

「もう、12年経つなと思って。」

一瞬ギクリとしたようにこちらを見て、拓也は笑う。

「そうだね」

そうだね?それだけ?私たち、もう12年も結婚してる。それはいわば、停滞しているようなものだ。他の人はどんどん色んな人と結婚して、ぐんぐん先に進んでいってる。拓也は?私たちは、これでいいの?

言いたいことはたくさんあったが、グッと堪えて話を続ける。

「拓也はどう?もう、12年経ったけど。」

「幸せだよ。」

「例えば、離婚したいとか、思わないの?」

聞いた。聞いてやった。もう、いい。もう、どうなってもいい。拓也はそっとおたまをおいて、私を見る。

「思わないよ。」

「え?」

自分でも驚くほど素っ頓狂な音がこぼれた。

「な、なんで?」

「だって、幸せだし。」

そりゃあ、私も幸せだけど。と、口先で呟く。拓也には聞こえたかわからないくらいの小さい声で。

「真奈美は離婚したいと思うの?」

私から目をそらさずに拓也が聞く。拓也が目からビームを出せるような怪物じゃなくてよかったな、なんて呑気なことを考える自分がいる。

「そりゃ、そういうことも考えたことはあるよ。」

「どうして?」

「どうしてってそれはさ」

周りの目があるし。私まだ一回しか結婚してないし。結婚式もまだ一回だし。もう12年も経ったし。カフェスペースでは惨めな思いもするし。飲み会ではみんなその話題を避けたりするし。

どれも、拓也には通じない言い訳のような気がした。

「結婚式、まだ一回しかできてないし。」

なにも思いつかず、一番波風の立たなそうな答えを選ぶ。拓也に、私が拓也を嫌いになったと思わせるようなことは言いたくなかった。拓也が嫌になったんじゃない、ただ、みんなと同じようにもう一度結婚がしたいの。

「じゃあ、もう一回すればいいじゃん」

「え?」

まただ。またすっとぼけた返事になってしまった。

「離婚するってこと?」

自分から提案したくせに、物凄く動揺している。私と拓也が離れるってこと?それ、マジ?あり得るの?

「しないよ」

「え?」

もうこんな声は出したくない。本当に今日は情けない。かっこ悪い。今日の占いは見てないけど、多分蟹座が12位だろう。

「だから、結婚式、もう一回すればいいじゃん。俺と。」

「それって、普通じゃなくない?」

「別に普通じゃなくていいじゃん。ずっと俺たち、変だよ。12年も一緒にいるなんて、変だよ。でもさ、幸せだからいいじゃん。それで、真奈美がどうしても結婚式がしたいなら、もう一回結婚式しよう。結婚自体がしたいなら、今から離婚届だそう。それで、その後すぐに、もう一回婚姻届だそう。普通じゃないからって俺たちが離れることないじゃん。だってずっともう長い間、変なんだからさ。ほら、鍋食べようよ。パーティーだよ、今年初鍋なんだからさ。」

「そうだ、そうだね。」

その後ずっと私はそう、そうだね、と思っていた。拓也の今日のマジシャンぶりは目を見張るものがあったな、とも思った。


それから半年後、私たちは結婚式を挙げた。皆んな自分が何度も結婚式を挙げているからか、同じ相手の結婚式でも来てくれた。ご祝儀は払っとくもんだね、と拓也と笑った。

2回目の結婚式は1回目とは全然違うドレスを着て、あとは大体同じだった。結婚式なんてどこも同じだ。相手が違うだけ。私は同じ相手だったけど、ウエディングドレスが着られただけで大満足だった。胸の踊るようなドキドキはなかったけど、拓也のタキシード姿を見たらなんとなく好きだなぁ、と思った。するめいかを噛んでいたらジュワッと旨味が広がる時がある。そういう好きだなぁ、だった。


カフェスペースは今でも行きづらい。というか、年々行きづらくなる。若い子がどんどん入ってきて、おばさんはどんどん肩身が狭くなる。老いると人はなんだかどこかへ引っ込んで行くけど、皆んなどこへ引っ込んで行ってるのかが、最近の私の疑問だ。

ひそひそ話は今でもされるし、今でも変わらず落ち込む。でも例え複数回結婚していたとしても、容姿とか、仕事とか、なんかそういうことで、ひそひそ言われるのだろう。若い女はしょうがない。そう思うしかない。


「例えば俺と離婚したら次はどういう人がいいの?」

「えー、特にこれといって理想はないな」

「不満とかさ」

「強いて言えばちゃんと換気扇回してくれる人かな」

「そっかぁ。」

「臭いとか煙とかあるじゃん。」

「まぁね。でもさ、ご飯のいい匂いするじゃん。あったまるから、エアコンつけなくてもある程度の寒さはカバーできるし。余計なエネルギーを使わない節約術だよ。」

バカだね、と言いながら私が笑う。幸せだ。

変だけど、幸せだ。